先月、ハギ父が還暦を迎えまして…。だもんで、
家族でお祝いをしました〜

家族総出でサプライズパーティーを開き、
孫達にも協力してもらって、
還暦&お仕事お疲れ様パーティーは大成功!!ハギ父もかなり喜んでくれて、
本当に良かったなとしみじみ思います。そんなこんなで、
今日はちょっと真面目に…。まあ、私のたんなる独り言なので、
お時間のある方は、
さらっと流しながら読んでもらえればうれしいです

父も、もう60歳になって、
こうやって還暦のお祝いをしてみると、
改めて父には感謝だなぁと思いました。
父は長男なので家には祖父母も一緒に住んでいました。
ただ祖父は私が小学校3年生の時に亡くなったので、
それからは祖母、母、三姉妹(姉2二人)と
父にとっては女所帯の中での生活が始まりました。
そのせいなのか、どうなのか、
父の威厳を保とうとしたのかわかりませんが、
父はけっこう厳しく、
私たち3姉妹からしたら、少し怖い存在でした。
極端に言ってしまえば、
父の言うことは「絶対」で、
それを覆す事は出来なかったと思います。
…たぶん、しようともしなかったけど。
よく周りでは、
「お父さんとは友達みたいに話すよ〜」とか
「平気でお父さんとふざけたりするよ〜」とか
そんな話を聞きますが、
我が家でそんな事はありませんでした。
そのせいか、俗にいう反抗期というものはなかったと思います。
とは言え、私自身思春期にもなれば、
父とは多少距離を置くようになっていたかもしれません。
3姉妹とも、
高校卒業ととものに遠くの専門・短大へ進学し、
家を離れ、1人暮らしをしました。
ただ今考えると、
当時は父も母も、
けっこう寂しい想いをしてたんじゃないかと思います。
もちろん、今は3姉妹とも地元に戻り、
長女(結婚してお婿さんをもらいました)と
私は実家で暮らしています。
私たちも大人になり、
社会人として生活するようになり、
姉たちはそれぞれ結婚し、自分たちの家庭を持つようになり、
父自身もだんだんと穏やかになってきました。
きっと子供たちが独立し、
孫も出来た事が大きかったと思います。
そして父の還暦が近づいてきたころ、
母からこの「還暦&お仕事お疲れ様パーティー」をしようと
相談され、内緒で計画を進めていました。
今まで、
こんな盛大にお祝い事をあまりした事がなかったので、
多少の戸惑いはありましたが、
父の喜ぶ顔を見たいと心から思い、
お祝いパーティーを開きました。
こうやって父の事を書いていると、
いろいろ昔の事を思い出してきました。
父は厳しく、怖い存在と話しましたが、
今思えば家族の事を本当に考えてくれていたんだと思います。
よく考えれば、
60歳になるまで、
文句も言わず家族の為に働いてくれた父。
仕事の事はほとんど語ることの無かった父ですが、
きっと辛い事や辞めたいと思った事もあったはず。
でも父は働き続けてくれました。
私が小学生の頃、
周りの友達がローラースケートを持って
遊んでいるのを羨ましがっていると、
突然私をお店に連れていき、
ローラースケートを買ってくれました。
動物が苦手が父ですが、
私がどうしてもウサギを飼いたいと、
学校から貰ってきたときも、
何も言わず許してくれました。
他愛も無いことかもしれませんが、
今思い出しても、とてもうれしかったんです。
短大進学を考えたとき、
私が関西方面の学校に行きたいと話をしたら、
寂しそうな顔をしましたが、許してくれた父。
受験するにもお金がかかるのに、
第一志望が落ちてしまっても、
もう一度チャレンジさせてくれました。
短大に行っても、
ちゃんと仕送りをしてくれました。
当たり前ですが、
自分が働くようになると、
お金を稼ぐ大変さ、大切さを
本当に痛感しています。
当時は、ありがたいと思いつつも、
親に甘えていました。
親から離れ、1人暮らしをしたいと、
偉そうに言っても、
結局、親がいないと何もできなかった自分がいました。
っても、今も親には甘えっぱなしですが…。
ダメですね…。
まあ、ダラダラと書きましたが、
要は何が言いたかったかと言いますと、
お父さん、ありがとう。そして、
これからも元気で長生きしてください。
これからは自分のために、
そして夫婦仲良く、
楽しい人生を歩んでください。と、こういう事でですよ。
まあ、私も不器用ですから…(by高倉)
普段あまりこんな事言いませんが、
今回だけは素直に言います。
っても、このブログを父はみてないだろうけど(笑)
これからは、
私もちゃんと自立し、独立し、
いっぱい親孝行していきたいと、
思いました。以上、今日のブログはおしまい

読んで頂き、ありがとうございます。
ま、みんなで親孝行しようぜっ
posted by ハギ at 23:22| 静岡

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